2005.08.21

大衆の病理

 仕事をしていて感じるのは、人々が問題を解決しないということ。問題や不都合はそこにあるのに、それを何とかしようとしない。そして他者を否定しようとしない。トラブルを恐れているのか、否定することで自分が悪者になることを恐れているのか。
 以前購入した西部邁の『大衆の病理』(NHKブックス)を読み返していたら、次のような言葉があった。

205ページ

 どういうことかといったら、言葉というものは、もともと、断固として互いに内政干渉するものなのだということです。つまり、夫は妻に内政干渉し、妻は夫に同じことをする。友人同士も、執筆者と編集者もそうです。内政干渉しないような言葉なぞというものは、要するに、軽い言葉です。人間が意味を求める、価値を求めるとしたら、必ずや他者に食い込むわけですよ。あるいは、自分が食い込まれるわけです。外交関係も同じです。中国人が昔たくさんの同胞を殺されたという怨念の感情を持って靖国けしからんというふうにいうのは、それは内政干渉ですが、当たり前のことなのです。

206ページ

 新人類も同じことをやるだろうと思っているのですよ。何十年か後には、いまの民主主義が残した形骸――内政干渉はいけないんですよというふうな形骸化した決まり文句だけは残るのでしょうね。新人類が吐くであろう言葉は、互いに内政干渉しない言葉でしょうね。ということは男女がわかり合えず、友人もわかり合えず、上司と部下もわかり合えずという、実に虚しい軽い言葉だけが、内政干渉を排するという民主主義の託宣によって、流通するのを保証されることになるのでしょう。
 ともかく言葉というのは内政干渉するものです。あまり内政干渉されれば頭にきますが、内政干渉されなければ、なんで言葉を吐いているかわからないわけです。そういうきわどいところに言葉が吐かれるんだということについてきちんと考えつめたうえで、言葉の意味を保守しようといっているような保守派は、日本に、ほとんどいないと思う。

 奥付を見ると、この本は昭和62年(1987年)の1月に発売されている。「新人類」という言葉は当時の流行語で時代を感じされるが、206ページの言葉は現在の状況を予言したようだ。
 僕たちはばらばらで、砂の民のよう。

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2005.05.06

『友情』 社会的移動性、生命への執着

 西部邁の『友情』(新潮社)を読んでいる。この話は特殊なように見えて、西部さんの解釈を経て普遍的な物語として語り直されているように思う。
 印象に残った部分を抜き書きしたい。

154ページ

ソーシャル・モビリティつまり社会的移動性が小さすぎるとき、人の心身が、漬け物が腐るようにして、悪臭を放つということになりがちなのだ。

 地方の村や町で生活をしたことがある人なら、この言葉にうなずくことが多いと思う。小さな職場で働いていても、ときとしてこのようなことを感じる。流れない水は澱むということなのだろう。悲しいけれど。

188ページ

 海野治夫において特殊に先鋭な形をとって現れたこの限界状況は、事の本質としていえば、あらゆる人間にいずれは訪れる事態でもある。つまり生命に執着すれば他人に、しかも自分の大事と思う人々に、迷惑をかけ、そのことがおのれの名誉を毀損するという状態がほぼかならずやってくるのだ。

 「生命に執着」という部分は、「地位」や「金銭」という言葉で置き換えても良いと思う。「保身に汲汲とする」といってもいいかもしれない。そのような人間は見苦しい。
 生きていく中で何度もそんな試しがあるのだろうけど、見苦しくはなりたくないものだ。潔さや執着のなさ、とらわれない視点、そのようなものと共に年寄って行きたい。それが負け続ける人生であったとしても。

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2005.01.15

その日の午後、砲台山で

 平井和正の新作、『その日の午後、砲台山で』を読んだ。中学の頃から平井和正が好きで、ほとんどの小説、エッセイを読んでいる。
 新作が収録されたCD-ROMは去年の12月30日に届いた。年末の小さなプレゼントのようだった。その日のうちに読み終えた。平井さんが自身のサイトでも書いていたように、これは12月に脱稿したという『幻魔大戦deep』への序曲なのだろう。

「忍のそういう気持ちが気に入ったのよ。あんたには実があるから」
 実ってなんだ、と訊くと、マコトがあるということだった。

 この部分を読んで、山本周五郎の「鶴は帰りぬ」という短編を思い出した。

 そうよ、何も隠すことなんかありゃあしない、あたしあの子が好きだったよ。名まえは実。あの人は実があるとか、不実だとかいうときの「実」という字だって。呼びにくい名だから、みんなすぐに覚えちまった。

 この短編が収録された『おごそかな渇き』(新潮文庫)を、久しぶりに本棚から取り出してみた。

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